はじめに
乗馬を始めて数ヶ月、軽速歩や速歩に慣れてきた頃、次の目標となるのが「駈歩(かけあし)」です。馬が力強く走る姿は乗馬の醍醐味であり、誰しも颯爽と駈歩ができたらなあ。思うのではないでしょうか。その反面、「駈歩の合図を出しても馬が走ってくれない!」「速歩が速くなるだけで駈歩にならない!」といった悩みを持つ方も少なくありません。
本記事では、駈歩発進を成功させるための準備、合図、そして乗り手の意識について詳しく解説します。
駈歩とは:基本を理解しよう
駈歩の特徴
駈歩は、馬術における三歩様(常歩・速歩・駈歩)のうち、最もスピードのある歩様で、時速約20kmに達します。常歩や速歩と異なり、左右非対称の歩様でリズムは3拍子です。

駈歩には「左手前」と「右手前」があり、例えば左手前の場合、四肢が動く順番は以下のようになります。
- 右後肢
- 左後肢と右前肢(同時)
- 左前肢
この3拍子のリズムが駈歩の特徴で、騎乗者にはうねるような揺れが伝わります。最初はスピードと揺れに戸惑うかもしれませんが、慣れれば非常に快適で気持ちの良い歩様です。
駈歩を習い始める時期
一般的に、乗馬を始めてから軽速歩や速歩がある程度できるようになる3ヶ月~半年後ごろから習い始めることが多いでしょう。ただし、個人差があるため、焦らず自分のペースで進むことが大切です。
駈歩発進が難しい理由
多くの初心者が駈歩発進で苦労するのには、明確な理由があります。
1. 馬の準備不足
駈歩を出したいのに速歩が速くなるだけの場合、最も多い原因は「馬が駈歩を出す準備ができていない」ことです。馬の体勢が整っていない状態でいきなり駈歩の合図を出しても、バランスが崩れてしまい、馬は駈歩を出すことができません。
2. 前進気勢の不足
前進気勢とは、馬が前に行こうとする力や気持ちのことです。ダラダラとした動きの常歩からは、上手に駈歩を発進させることはできません。元気でテンポの良い常歩や速歩を維持することが重要です。
3. 溜めの不足
「溜め」とは、馬が後肢を深く踏み込み、前進する力を体内に蓄えた状態のことを指します。この溜めがないまま駈歩の合図を出しても、馬は力強く発進することができません。
成功への第一歩:馬を「起き上がった状態」に導く準備
駈歩発進をスムーズに行うためには、まず馬を「起き上がった状態」にすることが非常に重要です。この状態とは、馬が前肢で地面をしっかり捉え、後肢が深く踏み込むことで、全体的に推進力があり、かつバランスの取れた状態を指します。
半減却(ハーフホルト)の活用
半減却とは、馬の前進気勢を保ったまま減速し、次の動作への注意を喚起する扶助(合図)のことです。元気でリズミカルな常歩や速歩を維持しながら、半減却を効果的に使うことで、馬の体幹がしっかりし、動きに弾力性がある状態を作り出すことができます。
半減却のポイント
- 脚で推進力を保ちながら、手綱でわずかに抑える
- 停止させるのではなく、馬の注意を引き、準備を整えさせる
- 馬が後肢を踏ん張り、バランスを整える瞬間を感じる
常歩と速歩の移行練習
馬を「起き上がった状態」にするための効果的な方法が、常歩と速歩の移行を細かく繰り返す練習です。
練習方法
- 元気な常歩を数歩進む
- 速歩への移行を指示
- 数歩速歩を進む
- 常歩への移行を指示
- これを繰り返す
この練習により、経験豊富なライダーでなくとも、馬が自然に半減却している状態(前進気勢を保ちながらパワーを溜めた状態)を作り出すことができます。馬の反応が良くなり、次の動作への準備が整います。
内方姿勢を作る
駈歩発進の直前には、馬に「内方姿勢」を取らせることも重要です。内方姿勢とは、馬の頭部から尾にかけて、進行方向の内側にわずかに曲がった姿勢のことです。馬が進行方向と逆を向いている状態では駈歩が出にくいです。
内方姿勢の作り方
- 内方手綱をわずかに控えて、馬の顔を内側に向ける
- 外方手綱は緊張を保ち、馬が外側に逃げないようにする
- 内方脚で馬体を支え、外方脚で馬の後躯が外に流れないようにする
正確な合図:脚と手綱の使い方
馬が「起き上がった状態」になり、前進気勢と溜めが十分にできたら、いよいよ駈歩発進の合図を送ります。正確な合図が成功の鍵となります。
具体的な脚の合図
駈歩の合図は、内方脚と外方脚を使い分けることが基本です。例えば左手前の駈歩を発進させる場合だったら、
内方脚(左脚): 腹帯の位置に置き、馬に前進と駈歩への移行を促す
外方脚(右脚): 内方脚の位置よりもわずかに後ろ(拳一つ分程度)に引き、馬の後躯が外に流れないようにし、手前を指定する
注意点:外方脚を引きすぎない
初心者がよく陥る失敗の一つが、外方脚を大きく引きすぎてしまうことです。外方脚を引きすぎると、発進後に鐙を失ってしまい、駈歩の随伴(馬の動きについていくこと)や継続に意識を集中できなくなってしまいます。
外方脚は、あくまで「わずかに後ろ」に置くだけで十分です。大きく引く必要はありません。
手綱の使い方:溜めを維持する
駈歩発進の瞬間、手綱の使い方が非常に重要です。
重要なポイント
- 駈歩発進の合図を出す際、手綱を緩めすぎない
- 適度な張りを保ち、溜めを維持する
- 馬が駈歩を出すまで、手綱を持ったまま我慢する
- 馬が駈歩に移行したら、手綱をわずかに譲って馬の動きを妨げないようにする
「お願いだから走って」という気持ちで手綱を緩めてしまうと、溜めがなくなり、かえって駈歩が出にくくなります。手綱はしっかり張ったまま、脚で強く推進する方が効果的です。
騎乗者の姿勢:体の使い方
駈歩発進を成功させるには、馬だけでなく騎乗者の姿勢も重要です。
基本姿勢
上体: 背筋を真っすぐに伸ばし、リラックスする。「駈歩を出すぞ!」と力みすぎて前かがみにならないよう注意
腰: 鞍に深く座り、坐骨で体重を支える
脚: 鐙をしっかり踏み、膝と足首は柔軟に保つ
手: 肘を体に近づけ、手首は柔軟に保つ
体の使い分け
駈歩発進の際、体を左右に分割するようなイメージを持つと効果的です。
- 内方側の肩や腰を前に出す
- 外方側の半身は後ろへ引く
- これにより、馬の動きに一致した随伴の動きを自然に導き出せる
段階的な練習方法
駈歩発進を確実にマスターするための段階的な練習方法をご紹介します。
ステップ1:前進気勢を作る練習
- 常歩を元気に、テンポよく歩かせる
- 脚の合図に対する馬の反応を良くする
- 合図をしても歩度に変わりがない場合は、舌鼓やムチを使う
- 馬が反応したら合図を止め、遅くなってきたら再度合図する
この繰り返しにより、馬の前進気勢が高まります。
ステップ2:溜めを作る練習
- 速歩を元気に進める
- 半減却を使って、馬の後肢が深く踏み込むようにする
- 前進気勢を保ちながら、手綱でわずかに馬体を詰める
- この「溜め」の感覚を覚える
ステップ3:常歩と速歩の移行を繰り返す
- 常歩から速歩へ、速歩から常歩へと頻繁に移行する
- 移行の際に馬の反応と姿勢の変化を感じ取る
- この練習により、馬が扶助に敏感になり、準備が整いやすくなる
ステップ4:駈歩発進の実践
- 元気な常歩または速歩を進める
- 半減却で溜めを作る
- 内方姿勢を確認する
- 内方脚と外方脚(軽く引く)の合図を明確に送る
- 手綱の張りを保ちながら待つ
- 駈歩が出たら手綱をわずかに譲る
ステップ5:短い駈歩の練習
駈歩ができるようになっても、長時間続けるのではなく、10歩程度で下方移行(駈歩から速歩、または駈歩から常歩)を行う練習を繰り返すことが効果的です。
この練習の利点
- 初心者は駈歩の最初の数歩で体を固くしがちなので、短い駈歩で体の緊張をリセットできる
- 下方移行の際に理想的な深い騎座が得られる
- 発進と移行を繰り返すことで、扶助の精度が上がるよくある失敗とその対処法
失敗1:速歩が速くなるだけで駈歩にならない
原因: 溜めが不足している、または馬の準備が整っていない
対処法:
- 速歩を速くするのではなく、まず半減却で溜めを作る
- 常歩と速歩の移行練習を行い、馬の反応を良くする
- 角や蹄跡の曲線部分で発進を試みる(馬が自然に駈歩を出しやすい)
失敗2:手前が合わない
原因: 脚の合図が不明確、または馬の内方姿勢が不十分
対処法:
- 内方姿勢をしっかり作ってから発進する
- 外方脚を明確に後ろに置く
- 馬場の角や曲線部分で発進すると手前が合いやすい
失敗3:発進後すぐに駈歩が止まってしまう
原因: 騎乗者の体が固い、または手綱にしがみついている
対処法
- 上体をリラックスさせ、馬の動きに合わせて腰を動かす
- 手綱は固定せず、馬の頭の動きに合わせて随伴させる
- 脚での推進を継続する
失敗4:馬が尻っぱねをする
原因: 溜めがないまま脚やムチを強く使いすぎている。踵で蹴っている。
対処法
- まず半減却で溜めを作る
- 脚の合図は弱いところから始めて、徐々に強める
- 慌てず、しっかり騎座に重みをかけて毅然と乗る
馬の個性を理解する
すべての馬が同じように駈歩を出してくれるわけではありません。馬にも個性があり、「走りたくない」と思っている馬を走らせるのは難しいことがあります。
走りにくい馬への対応
初心者が「走らない馬」で練習するのは効率が悪い場合があります。可能であれば、よく調教された素直な馬で練習することをお勧めします。
どうしても走ってくれない馬の場合
- 常歩や速歩で十分に推進し、馬に「前に行かなければならない」と理解させる
- 速歩のリズムを速くして、後肢に力を持たせる
- 駈歩の扶助を明確に、強めに使う
- それでもダメな場合は、扶助の直後に軽く鞭を使う
- 鞭を使っても反応がない場合は、やや強めに使う
ただし、馬が尻っぱねをする可能性があるため、慌てず騎座に重みをかけて毅然と乗ることが重要です。
駈歩の随伴:馬の動きについていく
駈歩が出たら、次は馬の動きに合わせて座る「随伴」が重要になります。
初心者の随伴
駈歩を習い始めたばかりの段階では、落馬防止のため
- 上体をやや後ろに起こす
- 骨盤を後傾させる
- 鞍のうねるような動きに合わせて、お尻を前へ前へと動かす
上達してきたら
慣れてきたら、より自然な随伴を目指します。
- 馬の動きに合わせて腰を使う
- 膝は鞍に密着させ、鐙を踏む(このときは密着だけできつく挟みこみません)
- 拳はやらかかく、安定させる
- 体全体をリラックスさせ、馬と一体になる感覚を掴む
まとめ:駈歩発進成功への道
駈歩発進を成功させるためには、以下の要素が重要です。
- 馬の準備を整える:前進気勢と溜めを作る
- 正確な合図:内方脚と外方脚を使い分け、手綱の張りを保つ
- 騎乗者の姿勢:リラックスして背筋を伸ばし、明確な扶助を送る
- 段階的な練習:常歩と速歩の移行練習から始め、短い駈歩を繰り返す
- 馬の個性理解:馬によって反応が異なることを理解し、適切に対応する
駈歩は乗馬の大きな楽しみの一つです。最初は難しく感じるかもしれませんが、正しい準備と練習を重ねることで、必ずマスターできます。焦らず、一歩一歩確実に進んでいきましょう。
駈歩にお困りなら、
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